野宿で日本一周

    サロベツ原野→利尻島→道北中心部の旭川に戻る。 

    思い出したことがある。サロベツには豊富温泉がある。ひなびた所😃なんと、混浴😱(使い捨てのせっけんを洗い場で探したら、女湯に紛れ込んでしまった😱少女が一人だけ。「あっ❗」と言われて、すぐ退散した😃)  男女湯の仕切りがない😱

    旭川では、駅の待合室をねぐらとした。夏休み中なので、満員😅午前3時にはうっすらと明るくなったのには驚かされた😆日本列島の北東側だからか🎵ちなみに、南西側の沖縄石垣島では朝8時になっても、薄暗かった😅

    富良野に立ち寄る☺️女友達の実家がある。旅先で知り合った😃名古屋の紡績会社の女工さん。文通で4年間😅結局、恋愛まで発展しなかった😆農家である実家の父親に晩ごはんと五右衛門風呂、あったか布団の歓待を受けた😃父親からは、「あんたは栄子の何なんだ?」と尋ねられた😆「友人です。」と答えたら、けげんな顔をされた😆

    北海道の屋根である旭岳連峰に入る。旭岳は天気が良かったので、楽勝😉そこから2泊3日で十勝岳に抜ける「トムラウシ山」縦走をと思ったが、山が深いので、羆がうようよとのことで、ビビってしまった。テントが張れねー😱

   この情報は、旭岳の無人山小屋で知り合った新潟県の寺泊の漁村出身の井田さんから❗また、日本一周をすると言ったら、新潟の実家に寄ればと言ってくれた。旅が終わったとき、東京でお礼を兼ねて酒を飲んだ😃

    トムラウシ山はビビって断念😭黒岳等々を廻って、ロープウェイの下山😭次は、網走、知床半島☺️

 

野宿で日本一周

    牧童アルバイトを無事に勤めあげた8月初め❗いよいよ一人旅が始まる☺️行った(登った)のは利尻島☺️牧場から見えていたのだ。利尻富士の別称の通り、円錐形の美しい山☺️でも、優雅な富士山より荒々しいのが特徴☺️牧場のある原野と海岸の間に防風林の役目をしている、縦は1㎞ほどだが、長さは数10㎞にわたる原生林がある。だから、牧場からは利尻富士の上しか見えない。この原生林を伝って、羆が牧場地にやって来る😱何頭もの牛が犠牲になるそうだ😱一度、長男の人たちと海岸に釣りに行った。私はチャンスと思い、利尻富士に向かって、泳ぎだした😆と言うのは冗談冗談☺️

    憧れの利尻富士には、稚内から船🚢で行く。隣のもっと有名な礼文島は花の島。山はないのでもちろんパス😉利尻岳の麓にテントを張って、軽身で登った😃羆は生息していないので気楽に登れた。

    1ヵ月半の北海道で計23座、登頂成功‼️40kgを背負って、羆の棲む山々に登ることを弱い自分を鍛える糧としたかったのだ。

野宿で日本一周

    19歳の時の牧場アルバイトの話の続き😢

    痩せていても、体力には自信があった。でも、3、4日で手指が曲がってきた😆伸ばせない😱乳搾りは主に乳房のタオル拭き。特に、朝は糞尿をきれいに拭き取らなければいけない😱

    余談だが、無我夢中で乳房を拭いていたら、牛が痛かったのだろう。糞尿の付いたしっぽが飛んできた😆口を開けていたので、○○が口の中に😱それは苦い味だと知った😱

    朝、糞尿の処理は長フォークとシャベルを使う。昼の畑はくわを使う。手の指が曲がって伸びなくなってきた😱それに加えて、朝3時に、長男の人が「アンチャン‼️」と起こしに来る😅返事はするが、身体が動かない。疲れで起きあがれない😭

    それに、おばさんの注文がうるさくて、我慢できなくなった😱とうとう3週間でギブアップ😭

    横浜が駄目で北海道に逃避したのに、北海道でも駄目😵使えない人間は、あとは自殺のみ❗

でも、自殺する勇気がない😱結局、すごすごと横浜に帰った😆

    そんな経験をさせてもらった五十嵐牧場に4年ぶりに再訪😉6月末のサロベツ原野は、まだエゾスカシユリの群生でオレンジ色に染まっていた。

    19歳で横浜に戻り、家を出て、東京板橋で牛乳配達の住み込みを3年間😃昼間は大学に、そう、「私は苦学生」😅少しは経験を積んだ?

    老夫婦や懐かしいぼろ小屋は相変わらず☺️長男の人は近所の娘さんと結婚して、子供が出来ていた❤️仕事面や人間関係のことで、自分の成長を感じた。2ヵ月も牧童のアルバイトが出来たのだ😁それもFordのトラクターを運転するくらいに😉仕事の段取りを覚えて、(例えば、夕方、30頭の牛を一人で牛舎に入れる時、喧嘩の強い牛から入れること。そうでないと、先に繋いだ弱い牛をいじめるのだ😅また、成牛の糞尿は溝に落ちるが、子牛は小さいので届かない。それで糞尿まみれになるので、特にきれいに清潔にしてあげる。ミルクも美味しそうに飲み、成長のスピードが上がった)😃自分のペースで仕事が出来るようになったのが、一番の理由☺️今回は、一日300円もらった😃横浜だと、時給だったけど😅またまた前回と同じく、赤い100札紙幣😅

    ここのアルバイト代と横浜から持ってきた10万円で、北海道から大阪までの一人旅の費用になった😃

        

    

 

野宿で日本一周

    トイレの続き😱ボッタン便所の年代だが、さすがに次からは身体が拒否😭困ったのは大便😭家の前に、牛のし尿の置場所が有った😆教室2個分か。十分発酵させて、牧草地にまく。そこへ夜中にこっそりと野糞😅牛糞に混ざる😅

    親戚の中学生の女の子が何日か泊まった。彼女の朝の味噌汁の中に何かが飛び込んだ。「あっ、ハエ」と言いながら、箸でつまんで、味噌汁をズズーと飲んだ。私はというと、炒めた菜っ葉の中に、よく青虫が😱たんぱく質補給のため、口に入れた😆

    牧童の仕事は、朝3時からと夕5時からの搾乳(さくにゅう)😃朝ご飯後、牛を追い出したあとの牛舎の大小便の掃除😭臭いのは慣れたが、敷きわらに混ざっているので、かなりの量😱23頭と子牛の分の始末で2時間近く❗一輪車で例のし尿場所に運ぶ😅風呂に入らないこともあり、おかげで糞臭ぷんぷん😅そのまま、汚い身体を汚いベッドに投げ出し、休憩😭お昼ご飯の後は、おばさんの畑の手伝い😢目の前で、畑で立ち小便したのにはびっくらこいた😆おじさんは野生の男☺️いつも家にいない。ある時、原野の泥炭地にある彼の牧草地に連れて行ってもらった😃見渡すとおじさんが寝泊まりする小屋があった。サロベツ川には魚網が10mほど先の向こう岸までかかっていた。遡上する鮭や鱒を捕るそうだ。イヤー、憧れたね😃おじさん(遊び人)の生活に‼️牛舎や畑では一度も姿を見なかった😆

野宿で日本一周

    積丹半島から小樽、札幌に戻って、いよいよ道北の豊富にある五十嵐牧場へ😃宗谷本線に乗って、4年ぶりに豊富駅に降り立つ☺️19歳の時、横浜での家庭や職場の人間関係にほとほと疲れて、現実逃避😭大自然の中なら生き生きした人生が送れるだろうと、ここサロベツ原野を訪れた😃北海道なら牧場経営☺️そのために牧童のアルバイトをしたい😉駅から徒歩👣💨サロベツ原野の近くの牧場を何軒か当たるが、6月までが牧草刈りの最盛期で、7月初めは人手は不要😵6月のサロベツ原野のエゾスカシユリの花の群生が散ったあとは、牧場は閑散期になっていた😆原野の牧場なので、隣まで数百mかかる😅3時間も歩いただろうか、原野を過ぎて、1、2㎞歩いた先の五十嵐牧場でようやく拾われた😃

    将来、牧場経営をやりたいので、勉強に来たということで、掘っ立て小屋の母屋の前に、次男が住んでいた小屋をあてがわれた😃五十嵐家は長男と三人生活😉彼は立派な牧舎の2階で寝る😌🌃💤50代の夫婦は母屋に住む。三食とも食事は野菜中心で米と味噌汁😢たまに鰊(ニシン)の糠漬けが出るくらいで🍖は無し😱たんぱく質は搾り立ての沸かした牛乳から😢農民の生活を真に生活できた。夫婦は、若いときはじゃが芋🥔作り。途中から牧場経営😉でも、数千万の農協からの借り入れがある😅楽ではない😭生き物相手だから、年中無休😱風呂はない。トイレは小屋の後ろにあった😆ただ、穴を掘っただけ。二回目以降は………

野宿で日本一周

     札幌に戻って、列車で小樽へ😃運河の街小樽😃ミーハーなので訪れたが、なんも思い出がない😭そこから🚌に乗る☺️「雷電岬」「神威岬」の名前に惹かれて、積丹半島の突端へ🎵岬巡りの歌を口ずさみながら😉

    美国の町を過ぎて、ようやく神威岬に着いた😃突端の灯台を目指す☺️波打ち際の岩を一つ一つ乗り越えて歩く😆途中、直角に曲がった手掘りに近いトンネル(設計ミスだそうだ)   を懐中電灯で慎重に進む。ようやく岬の先の灯台を見上げるところまで来た😃なが~い昆布が波打ち際まで密集している。一枚、齧ってみる。しょっぱい😅

    灯台下の地面に設営😉夕方になって、無数のアマつばめが何百匹もの数😃夕日を浴びて、海に突き出た断崖のあちこちを飛び回っている☺️壮観な景色を独り占め😉

    後日談:北海道は今までに10回以上は訪れたが、ようやく50年後に神威岬に行くことができた。灯台までは尾根づたいに行けるようになっていた。波打ち際の小道や通行禁止のトンネルは見下ろすことができた😃でも、密集していた昆布は「磯焼け」で一本もなくなっていた😱アマつばめもいなかった😭ガイドのお姉ちゃんに聞いても、アマつばめの群舞などはるか昔のことで何一つ知らなかった😭

野宿で日本一周

    札幌の大通り公園のベンチに座って、これからの山旅計画を考える☺️一つは、知床、大雪山を始め、できる限りの山を登る😃もう一つは、19歳の夏にアルバイトをさせてもらった道北の牧場に再び行くこと😃なんと、北海道の山旅はおよそ2ヶ月にわたった😁

    先ずは、札幌岳、空沼岳の縦走😉札幌市内から🚌で1時間もかからないで、登山口に到着😉40kgの荷物を背負って、登り始める。平日であり、北海道なので、一人しかすれ違わなかった。二日目の夕方に下山するまで、すれ違ったのはその人一人だけだった。

    日が暮れる前にテントを張れる場所を探す😅山の夜は真っ暗なので、テント設営、炊事は明るいうちにが鉄則😃早々にテントの中で、寝袋にくるまる😅見晴らしのよい森で、熊笹が風に吹かれる音がする😱まるで、何かの動物がガサガサと音を立てて、テントに近づいて来るようだ😱こっそり外を覗く😱何も居ない😱でも、気になって気になって😆寝袋の中なので、もしテントの上から襲われたら……😱怖い怖い😅もう寝られない😭森の中を吹く風の音に混じって、動物(もちろん羆)の足音がしないか、耳をそばたてる。心配で心配で、時々外を見てしまう。もう、怖くて寝られやしない。どうしようか😅この野宿一人旅の目的は、「弱い自分を強く鍛える❗」一発目から、弱気を出してどうする😆葛藤の中で、とうとう炊事に使う登山ナイフを握りしめた😱もし、襲われても、こんな小さいナイフで闘えるのか?と思いながらも、身を守るのはそれしかない😆逃げてはいけない😭

    うとうとしていたら、いつの間にか、朝が来ていた😅襲われなかった😱本当に良かった😅

    朝食を済ませ、テントを畳んで出発する。登山ガイドブックの他に、五万分の一の細かい地図も用意していた。山の中を歩くこと、1時間😃道が二つに😆一つは、真新しい行き先掲示板がある急坂、もう一つは、地図に載っている平坦な道。どうしようかな?平坦な道は行き止まりっぽい、そして、沼があった😅急坂を40kgを背負って登る?もし、違う道だったら、そのミスで体力がダメージを負う😆そこで考えた😅荷物を置いて、空身で登り始める😆重い荷物を背負った挙げ句、引き換えすのは嫌だからだ😭深い山の中、道を聞ける人はもちろん居ない😱やっとのおもいで尾根まで登り詰めた。また道標があった。こっちの道だ‼️急いで下りて、荷物を背負って、また登り始める😅重いので、足元を見ながら登ることになる😅急坂の途中に来たら、足元になんと、糞が😱もちろん私のではない😱立派な糞だ😱空身で登り下りしたのは、ついさっきだ😱見ると糞から湯気が……と言うのは冗談冗談😃注意深く辺りを見回す😱動物の気配は感じられない😱藪の中から、こっちを見ているんだろうなと感じた😅用心しながら、また登り始める。次に、山上から吹き下ろしの風に乗って、なんと、動物園の猛獣の檻の前で嗅いだことがあるあの猛烈な臭いが鼻につんときた😱姿は見えないが、近くに絶対いる😱巨大な羆が😱どうしよう😖💧逃げられない😱登るしかない。

    熊鈴があれば、出会いがしらはない。こちらの存在が相手に分かるからだ😱熊鈴は持っていない😱武器は小さい登山ナイフだけ😱(下山後、訪れた小樽の街で、熊鈴と30cmほどの包丁を即買い😉金物屋では、「お兄さん、この包丁を買ってどうするの?」と聞かれた😅日本一周に出発するので、気合いを入れるために坊主頭にした😆それで、ヤバいお兄ちゃんと思われたんだろう😅私は答えられなかった😅絶対に答えられないよ😱「登山の時、羆に遭遇したときに闘う武器‼️」)

    途中で、熊鈴の代わりに大声を出して、相手にこちらの存在を分からしめよう‼️急な登りにあえぎながら、声を出しまくった。いや、待てよ?同じ音階だと、敵に一人だと思われる😆高い声、低い声を交互に出しながら登った😱ビビりまくりながら、札幌岳から空沼岳まで縦走、午後遅く無事に下山口に到着した😅

    山あいのバス停にいたら、近所のお爺さんが話しかけてきた😃「ああ、そうかい😃一人で登ってきたんだ。」そして、朝の死ぬほどビビった体験話をしたら、お爺さんは「なんの❗この辺りの羆はおとなしいからよ」😃おとなしいったって、あの強烈な匂いを山の中で、たった一人で嗅いだら、どんな人間でも………